連日、ここバンコクの気温は三十度を超えている。しかし、この疲れは暑さによるものではない。
僕は今回、書き下ろしている単行本があるので、基本的にはホテルに籠もって原稿を書き、ハンドボールの試合がある時だけ体育館に行くという生活をしている。
今日の決勝戦、クウェートが韓国を下してアジアチャンピオンとなった。彼らに、アジアチャンピオンという言葉は相応しくなかった。
観客席にいた韓国人はもちろんだが、ハンドボールをそれほど見たことのないであろう地元のタイ人、他のアラブの国らしい人間たちからも、試合が終わった時にブーイングが起こり、クウェートのチームにペットボトルが何本も投げ込まれた。投げ込まれる度対してあちこちから大きな拍手が起こった。
韓国の選手は試合後も興奮が収まらず小競り合いも起こった。彼らが怒るのも当然だ。それだけひどい試合だった。
試合の途中から観客のほとんどが韓国を応援するようになっていた。僕もその中に含まれていた。
韓国は今回、予選リーグの三試合目の同じクウェート戦、準決勝のカタール、そしてこの日決勝のクウェート戦と三試合連続して、審判が「買収」されていた。
今日の試合もひどかったが、準決勝のカタール戦もひどかった。三位までに世界選手権の切符が手に入るため、準決勝は重要だったのだ。
この日の審判は、試合が始まってすぐに、クウェートの選手だけは何歩歩いてもいいルールに決めたようだった。また、カタールがボールを持って韓国ゴールに近づく時には、シュートを打つまで、執拗に韓国のファールをとり続けた。それでも韓国のディフェンスは耐えた。前半二点差まで追いつかれたが、再び突き放し、五点差を保った。五点差があれば、審判に「操作」されても耐えることができる。韓国の選手はそうした試合の戦い方を知っている。
特に落ち着いて対応していたのは、やはりペクだ。
試合をコントロールして、クイックスタートでファールを取られると分かると、ゆっくりと攻撃を組み立てた。何度もファールを取られ自滅していった日本とは違った。そのペクでも相当頭に来たのだろう、一度は彼の投げたボールがゴール横にいた審判の顔に飛んでいったことがあった。彼は、狙ったのだろう。観客席からは、良くやったというどよめきが起こった。審判はペクに駆け寄り注意をした。
八番のポストの選手は足を引きづりながらも身体を張った。戦っていたのは選手だけではない。選手が倒れると韓国の監督はドクターと共にコートの中に急いで駆け寄った。理不尽なファールに両手を広げて、一番大きな声で、抗議した。
前半終了直前、韓国の関係者が大きな声で審判を非難するような声を挙げると、審判は男を連れ出せと、タイの副会長に指示した。韓国はチーム全体で勝とうとしていた。それが日本と違っていた。
(一つ付け加えると、日本がカタールと対戦した時、笛はまともだった。それは協会の市原氏たちが尽力した成果である。まともな笛の時に勝ちきれないというのが、今の日本の弱さである)。
ペクの他に二十二番の選手がいい場所で得点を決めた。審判は執拗にファールをとり続けた。何度も一人少なくなったが、ペクはチームを落ち着かせた。彼は、敵ながら素晴らしい選手だった。そして韓国は勝った。彼らは、いいチームになっていった。
決勝も同じような試合だ。クウェートは悪いチームではない。巨体の十八番のポストや十五番の選手は面白いものを持っている。しかし、審判を買収して、自らのスポーツを破壊した。本来ならば優勝どころか、永久に追放されるべき国だ。彼らはハンドボールという競技の価値を貶めている。
決勝で敗れた韓国は誇りを見せた。今大会のベストチームは韓国であり、MVPはペクだった(実際のMVPは宮崎選手が獲得)。 ただ、こうした試合は見ていて楽しくない。本当に疲れる。ずしりと身体にこたえるのだ。
北京オリンピック予選はもう来年に迫っている。
普通にやってもクウェートは強い。そして韓国は今回の大会でペクを中心にいいチームへまとまった。
審判が買収されないという前提でも、この二チームは確実に日本の前に立ちふさがる。オリンピックのアジア枠はたった一つ。日本代表は両方に勝たなければならない。
日本代表の中川、田場、豊田、宮崎、キーパーの坪根たちは、世界の舞台に出られる力を持っている。彼らには五輪の舞台が似合う。
ただ、今大会の戦いぶりを見るとかなり難しいと言わざるをえない。
一つ光明を見つけるならば、最後の試合、五位決定戦のバーレーン戦で日本の戦いぶりは良かった。特に羽賀太一。所属するホンダが規模縮小という方針となっている。後輩にプレーの場を譲ろうかと引退に揺れながらも、大会直前、代表に復帰した。彼には今の日本に足りない、身体の大きさがあり、アジアと戦う知恵と経験を持っている。
今回はっきりしたのは、日本はスピードのある選手は多いが小型であり、身体で押し込まれると弱い。
昨年の世界選手権に出場した時、百九十センチを超える、岩本(大崎電気)や山口(湧永)がいた。彼らが代表に呼ばれていないのは、もう三十代に入っており、スピードが衰えていると考えられているのだろう。
しかし二人ともスピードで勝負する選手ではない。日本リーグでは問題なくやっている。瞬発力はともかく、体力はトレーニングでカバーできる。
速さのある選手は他に沢山いる。チームとはバランスなのだ。彼らはサイズと共に経験がある。彼らがいることで、田場は攻撃に集中でき、中川がバランスを取り、宮崎や豊田、下川のようなスピードのある選手はより輝くだろう。
もはや世代交代を考えている暇はない。あと、一年間しか時間がないのだ。
とにかく出場権を得ることだ。そしてオリンピックの時、彼らを超える選手がいれば代えればいい。彼らは、自分の力が落ちていると認めれば、後輩に道を譲るだろう。そんなケチな男たちではない。
もちろんこれは僕の意見だ。実際に決めるのは代表監督である。
若手に切り替えるのも選択の一つだろう。今回は若手への切り替えの過程で結果が残せなかった。それはどう評価するのか。進化に伴う痛みなのか、あるいは単なる失敗なのか。そしてこの流れを北京五輪の予選にさらに進めて結果が出なかった場合、その責任は誰にあるのか。それを明らかにすべきだ。
とにかく勝てるチームを作って北京に行かなければならない。そうしなければハンドボールの火は完全に消えてしまうだろう。
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