www.liberdade.com/
疾走ペルー 最近の仕事っぷり
   
     
  田崎健太Kenta Tazaki......tazaki@liberdade.com
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部など を経て、1999年末に退社。サッカー、ハンドボール、野球などスポーツを中心にノンフィクションを 手がける。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス3 0年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)。最新刊は 、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)。4月末に『辺境遊記』(絵・下 田昌克 英治出版)を上梓。 早稲田大学非常勤講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 客員研究員。日本体育協会発行『SPORTS JUST』編集委員。愛車は、カワサキZ1。
  2002...........2001..>>..12..>..11..>.10..>.9..>..8...>..7..>.6.

 

 

2001年7月28日


月曜日からキューバ大使館へ電話。
担当者がつかまらず、キューバ人のプレス担当から自宅に電話があったのが、火曜日昼。官僚主義ではあるのだが、わざわざ電話を掛けてくれるあたりラテン的な親切さはあるようだ。
これから本国に照会するとのこと。
「通常は3週間掛かるけれど、今回は一週間でやります」
この返事は非常にラテン的だ。来週、電話することにする。
ビザの問題が片づかないので、まだ日程が決まらない。ただ、日本を最低3週間から4週間を空けるのは確実なので、その間の仕事を片づけなければならない。
最近、サッカーに関する仕事ばかり来る。断っている分もあるのだが、このままではサッカーライターになりそうな勢いだ。スポナビで連載している「メガビジョン」は2002年ワールドカップのITに関するもので純粋なスポーツ記事とはいえないが、一応サッカーに関する記事ではある。
もちろん、サッカーは好きだし、パラグアイの廣山のように人間的に好感の持てる選手の話を書くのは楽しい。また、ペルーなどラテンアメリカのルポと比べると、日本のメディアに関してスポーツに関する記事の需要はある。
ただ、世の中には書かなければならないものが、スポーツの他にもあると思う。
書かなければならないことを掲載するメディアがなくて、同じようなメディアが溢れている気がする。
日本代表のトルシエ監督を更迭する、しない、なんて大人が青筋を立てていきり立つことはない、と思う(彼は人格的には問題はあるかもしれないが、プロではある。結果もそれなりに出している)。
サッカーなんて、所詮スポーツだ、にも関わらず、大人が夢中になるから面白い。
ただ、今の日本のメディアでは、所詮スポーツだ、というところが抜け落ちている気がする。
サッカーの国際試合は戦争だ、なんて表現されることもある。確かにきな臭さはあるだろう。
でも、戦争じゃない。戦争はもっと陰惨だし、重い。

 

 

 

2001年7月20日


来月からキューバに行くことを考えて、パラグアイで壊れたカシオのFIVAの代わりを買うことにした。
IBMのシンクパットの1620。月曜日に購入したのだが、格段に速い。今までのFIVAは何だったんだ、という感じ。CD-Rまで付いている。パソコンを使ってもう七年ほどだが、ようやく家電に近付いた気がした。
キューバへは、写真家の横木安良夫さんと一緒に行く。
たぶん、最低三週間。取材のビザを取ろうと、キューバ大使館に電話をしたところ、プレス担当者が休暇中とのこと。さすが、キューバというべきか。対応してくれた女性は親切で、ビザの申し込み用紙をファックスしてくれた。取材申請を、英文もしくはスペイン語で出さなければならない。
「文法的に間違っていても下手でもいいですから、スペイン語のほうがいいですね」とのこと。
今回のキューバ行きは、予算ぎりぎりだ。人に頼んで書類を作って貰う余裕はない。仕方なく、僕が書くことにした。スペイン語は一応話せるし、読める。しかし、書くのはまた別だ。だいたい僕のスペイン語はポルトガル語と混じっている。正確なスペルを調べるため、わざわざ辞書を引かなければならない。
資料を揃えて、木曜日に投函。来週は面接だ。

 

 

 

2001年7月13日


一泊二日の静岡行きから今日帰宅。静岡に住む友人と久しぶりに会ってきた。
こういう生活をできると会社を辞めて良かったかな、と思う。出版社に居た時は、忙しかったが、土日の一日は必ず休めた。収入も良かった。今は、全くといっていい程、土日の休みはない。原稿を書いていない日も打ち合わせ、資料の整理やらで、丸一日休む日はない。
しかし、自分の都合をやりくりできる。
スペイン、パラグアイから戻ってきてからずっと原稿に追われていた。一日時間が作れそうだったので、急遽静岡に行くことにしたのだ。
日本代表に選ばれて帰国していた廣山が、火曜日の飛行機でパラグアイに戻った。金曜日に昼食を食べた時に、約束した。
「今の段階でどこのクラブに行くかは、知らないけれど、8月の末か9月に、お前のいる国に様子を見に行くよ」
廣山は「お願いします」と頷いた。
詳細はまだ未定だが、8月に仕事でキューバに行く予定だ。キューバへはもちろん直行便はない。アメリカ、メキシコを経由する。キューバで仕事が終わったら、メキシコかアメリカから、廣山のいる国、それはパラグアイ、あるいはブラジル、あるいはスペインに行こうと思う。仕事になればいいが、ならないかもしれない。ならなてもいい、フリーはそれが許される。会いたい人間のために時間を作って会いに行く。今回の一泊二日の静岡行きの延長みたいなものだ。
出版社時代、フリーのライターやカメラマンの中に、「安定していていいよね」
と冗談半分に言った人がいた。僕はフリーのほうが会社員より大変だと思わない。会社に所属しない場合、確かに収入は不安定だし、保障はない。世間的には独立している。しかし、金銭的に保障がない分、社員以上に出版社の言いなりになっているフリーが多いことも事実だ。
僕は、会社員の苦労を知っている。身体が自分の意志で動かすことができない縛り。意見がぶつかって、あるいは不遜な対応を受けた時、自分だけの問題でなくなってしまうことから怒りを収めたこと。同僚からの妬み。組織という村の中で諦めてしまえば、楽なことはないが、真面目にやればやるほど疲れる。中にいながらやりたいことを実現することは大変だと思った。
だから僕は辞めてしまった。
大きな出版社だったから、辞めた後、「後悔はなかったか」と何度も聞かれた。
退社して一年半、本当に後悔したことは一度もない。確かに収入は昔には遠く及ばない。一般的に見れば、社会的信用もほとんどなくなった。そして忙しい。
でも、今の生活は非常に快適だ。もともと高級マンションに住みたいとか、ベンツに乗りたいとか思わない。高級なレストランで「このワインはね……」などと気取った食事を食べたいわけではない(もちろん旨いものは好きだけれど、いわゆる有名店が料金に比例したサービスと食事を出しているとは思わない)。そんなレストランで、下らない話をする芸能関係者とお愛想の食事をすることなんて苦痛でしかなかった(週刊誌の編集の仕事なんてそんなものだ)。
移動するには、オートバイと自転車で充分だし、資料で手狭になったが、今のマンションで十分だ。有名店ではなくても、友人がやっている適当な料金の旨いレストランは知っている。
なにより、静岡に住む友人、パラグアイの廣山。会いたいと思う人間と会える時間が作れること、それが嬉しいと思う。
 

(c)copyright 2001 KENTA TAZAKI All rights reserved.