www.liberdade.com/
疾走ペルー 最近の仕事っぷり
   
     
  田崎健太Kenta Tazaki......tazaki@liberdade.com
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部など を経て、1999年末に退社。サッカー、ハンドボール、野球などスポーツを中心にノンフィクションを 手がける。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス3 0年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)。最新刊は 、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)。4月末に『辺境遊記』(絵・下 田昌克 英治出版)を上梓。 早稲田大学非常勤講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 客員研究員。日本体育協会発行『SPORTS JUST』編集委員。愛車は、カワサキZ1。
  2003...........2002..>>..11..>..10..>..9..>..8..>..7..>..6..>..5..>..3..>..2..>..1......2001

 

 

2002年3月26日


ずいぶん長い間更新していなかった。
この二、三週間に変わったこと。
まず、廣山の所属クラブが決まった。ブラジルのレシフェという街にあるスポルチというクラブだ。レシフェはここで書いたように、数年前に新年を一人で過ごしたことがある。ブラジルの北東部にある商業都市で、美しい海岸を持つ。
僕が、アマゾン地方や北東部に行って驚いたのは人々が親切なことだった。公園などで佇んでいると必ず声をかけてくる。「どうしたんだ」「何かわからないことがあるのか」という風に。もちろん、たかり、盗みなど良からぬ思惑を持っている寄ってくる場合もあるだろう。ただ、通りがかりの人に尋ねても親切に色々と教えてくれた。時に親切すぎて困ったこともあった困ったほどだった。そんなことは、サンパウロやリオといった大都市には余りなかった。そんな街のクラブだから廣山はうまくやっていけると思う。
ただ、廣山はまだ選手登録をできていない。ブラジルはビザの取得に時間がかかる。それが心配だ。
廣山とスポルチの契約が決まった翌日の十三日、僕は三十四才になった。
原稿が落ち着いたので、友人に頼んでパソコンを組み立ててもらった。これまで使っていたデスクトップマシンは、四年前南米から帰国してその友人に組み立ててもらったものだった。組み立てる横、テレビではフランスワールドカップを放送していたことを思い出す。
毎日外国のウェッブをチェックしているというのに、僕のデスクトップマシンは、USBポートが使えないほどの古いものだった。
前のパソコンは、音も出なかった。前作った時は、原稿を書くだけだからと、必要最小限、ハードボイルドなマシンにしてもらっていたのだ。
新しいマシンにデータを移し替えた今日、音が出るように秋葉原にスピーカーを買いに行った。スピーカーの売り場に行き、正直驚いた。かなり音がいい。今更なのかもしれないが、パソコンはもはや音響機器なのだ。
今回のパソコンはハードディスクが比べものにならないぐらい大きい。僕が原稿を書く時いつも聞いているcobaのCDをハードディスクにコピーした。

 

 

 

2002年3月8日


戻ってから、〆切、〆切。ほとんど缶詰状態が続いている。三月終わりまでこの調子が続きそうだ。
毎日、原稿執筆の気分転換に、パラグアイのお茶テレレを飲んでいる。冷たいお茶なので、暑いところで飲むのが一番いいのだろうが、肌寒い三月の日本にも悪くはない。
テレレを飲んでいるとついつい移籍先が決まらない廣山のことを思い出す。この「週刊田崎」では書かなかったが、パラグアイ滞在中、元セロ・ポルテーニョの廣山と一緒にいた。先月の「情熱大陸」で、廣山のことが少し映ったが、僕も一緒にいた。チラベルトの兄ロランドのチームで練習していたと書いたが、そこには廣山もいた。というよりも中心選手が廣山だった。あの時はブラジルのフラメンゴ移籍が間近とされていた。契約に向けて調節を行っていた。実際、フラメンゴとは契約直前まで行った。しかし、フラメンゴは負けがこみ、内部がごたごたした。廣山の代理人が、交渉していた窓口の人間そのものがチームを去ってしまい、移籍は霧散してしまったのだ。
その後、代理人はサンパウロのクラブと交渉をしていた。僕はリオのカーニバルの取材が終わった後も、サンパウロに残っていたのは、移籍を見届けたいと思っていたからだった。
しかし、現段階でも廣山の移籍先は決まっていない。
待つというのは精神的に疲弊する。契約が決まり、フィールドに立てば、自分が結果を出すしかない。しかし、今はその前の段階だ。体調と精神の平静を保ちながら、待たなければならない。。サッカー界という約束が一瞬にして反故にされる世界で、さらに南米。先が見えない中で待つしかない彼の心境を考えると心が重くなる。
テレレを飲むのに使う銀製のワンパは、アスンションで廣山と一緒に買いに行ったものだった。僕は、ただ廣山の幸運を祈るしかない。

 


(c)copyright KENTA TAZAKI All rights reserved.
produced by transvision